vol.5 第五回 「それは無いでしょー」

さあ、いよいよ治療です。仮歯を削ってもらえればかなり改善する筈です。根管治療をするわけじゃないし、ちょっと歯を削るだけだから、と自分を納得させて手袋のことには触れないことにしました。

「よろしくお願いします。」と少し引き攣った笑顔を作る私。

「左下の奥歯が当たると痛むのですね?では調べてみましょう。この赤い紙を噛んでください」と咬合紙を左側の歯にあてがいながら爽やか先生。少し当たっただけでも痛むのですから私はそっとしか噛みません。すると爽やか先生は「もう少ししっかり噛んでくださいねー。」とにこやかに注意を促します。たしかにある程度力を入れて噛まないと印が付かないんですよね、咬合紙は。わかりますよ、わかりますよ、私だって歯医者ですから。でも、噛むと痛いんだからー!と思いながら相変わらずフニャフニャと噛む私。業を煮やした爽やか先生から「ハイッ、三橋さん、もっとカチカチ噛んでー!」とちょっと大きな声がしました。

仰向けで口を開けたままの無防備な体勢の私に、上から大きな声で命令が下されました。その瞬間、根が素直な私は反射的に、そしてヤケクソ気味に咬合紙を思いっきりカチカチ噛んでしまったのです!「そうです、そうです」と先生の少しうれしそうな声が遠くに聞こえますが、目を閉じたままの私のマブタからは涙がにじみ出てきます。痛いよー。理不尽だよー、噛むと痛いって言ってるのにー。それでも涙が溢れ出ないようにグッとこらえます。男の子ですから。
涙を堪えながらも「やっと、これで削って貰えるんだ。楽になるぞー」と少しホッとしていました。

ところが爽やか先生は直ぐには削ってくれなかったのです。どうしたのかと言えば、なんと私の痛んでいる仮歯をおもむろに外し始めたのです。経験のある方はお判りだと思いますが、仮歯は簡単には外れないようにセメントで付けてあるので、これを外す際には道具を使ってカチカチと力を入れて引き上げるようにして外すのです。

皆さん、想像してみてください、その時の私の痛さを。削るべきところを調べるために涙を堪えながらも私はカチカチ噛んだのです。ああ、それなのに、直後に逆方向にカチカチと引き上げられたのですよ!

「ポコッ」という音がして仮歯が外れました。舌の上に落ちた仮歯を拾い上げた爽やか先生は「では少々お待ちくださーい。」と言い残して仮歯を持ってどこかへ消えて行きました。

今思い返せば、仮歯を口の中で削るのではなく技工室で削るのはとても丁寧なことだと思うのです。細部まで観察できるし、研磨もしやすいですから。ですが、時と場合によりますよね。咬合紙で目印が付いたらそのまま削れば良いと思うのですよ、こんなときは。判ってないんですよね、患者さんの気持ちが。でも、我が身を振り返ってみれば自分もいままで同じようなことを患者さんにしていたのかもしれません。ごめんなさい、悪気はなかったんです。ただ、患者さんの状況についての想像力が足りなかったのです。

涙と共に反省しきりの私ところへ調整の完了した仮歯をニコニコ笑顔の女性スタッフが持ってきてくれました。

「はーい、三橋さん、お口を開いてくださーい。」と声を掛けながら調整が完了した仮歯をグッグッと力一杯歯に押込んでくれました。咬合紙を噛み、仮歯を外され、そして押し込まれ。この日三度目の拷問に涙目で御礼を言いながら爽やか診療室を後にした私でした。治療は辛いぜ。

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