vol.4 第四回 「手は洗います、たしかに。」

5分程で着いた歯科医院の待合室。タクシーを横付けして駆け込んで来た私に、既に待っていた患者さんの怪訝そうな視線が刺さります。受付の女性に初診である旨を伝え「どれくらい待ちますか」と尋ねると「今日は月曜日ですから2時間くらいは掛かるかもしれませんね」とつれない返事。「実は旅行で来ていて、あまり時間がないんです。治療中の仮歯が当たると痛いので削ってもらうだけお願いできれば助かるんですが、、、」と私。「先生にお伝えします」の返事と共に予診表を渡されたので、待合室のソファーに腰掛けてそこに記入します。いろいろ記入項目がありますが職業欄はありません。このままだと私が歯科医師であることはバレないようです。歯科医が歯科医院に駆け込む、というちょっと恥ずかしい事態なので安堵しました。

予約済みの患者さんが順に診療室内に呼ばれて入り、待合室は私だけになりました。水槽にきれいな熱帯魚が泳いでいてインテリアのセンスもナカナカのものです。空いた席に移動すると診療室の様子が見えました。忙しそうに動き回るスタッフ。パーテーションの陰になりますが、先生が移動する時には後ろ頭だけがちらりと見えます。一区切りついたのでしょう、先生が奥の治療椅子から手前に移動して来ました。マスクをして手袋をした先生は身長も高くスマートな印象。「30代かな、やさしそうだな」とすっかり患者さん目線の私。初めて歯科医院を受診する患者さんはこんな気持ちで我々を見ているのですね。やはり見た目も大事だな、なんて考えたりしていると、別の患者さんのところへ移動する先生が手洗い場に立ち寄るのが見えます。「うんうん、そうだよね。手を洗うよね」と頷く私。でもその後、驚きの光景が目に飛び込んできました。なんと先生は手袋をしたまま手洗いをしているのです。「???」。

手袋をしたままサッと手を流した先生はしたたる水滴をペーパータオルで念入りに拭いてから、次の患者さんのところへ行き、にこやかに「おはようございまーす!」と挨拶していました。

きっと患者さんに受けのいい、やさしい爽やかな先生なのだと思います。先生自身もひょっとしたら余り疑問に思っていないのかもしれません。でもね、ここは21世紀の日本ですからね。これはマズいです。たしかにグローブはしているので先生の感染リスクは少ないんですけど、、、。(注1)

このまま待合室から脱走することも考えました。が、そうなると新たに別の歯科医院を探して、移動して、、、と旅程にまで影響が出てしまうこと確実です。どうしようかと迷っているうちに「三橋さーーん、中へどうぞー」と呼ばれてしまいました。気を利かせて早く診てくれるようです。「えーい、ままよ」と立ち上がり、スタッフの案内に従い治療椅子へ向かいます。「よろしくお願いします」と女性スタッフに挨拶します。「ご旅行中ではお困りですねー」とやさしい言葉を掛けながら手際よくエプロンを掛けて治療の準備をしてくれます。口腔内チェックが完了したところで爽やか先生の登場です。

注1)グローブをしたまま手洗いして、グローブを使い回すことについて

術者がグローブをする意味は 1.術者への感染リスクを下げること 2.患者同士の交叉感染を防ぐことの二つがあり、洗って使い回すのではなく、患者ごとに使い捨てることが前提です。
使い回しでもグローブを使うことで術者への感染のリスクは少し下げられますが、患者同士の感染を防ぐことには繋がりません。大学等の教育機関でこのようなグローブの使い方をすることは無いようですが、日本の開業歯科医では未だ多いのが現状です。保険点数の低さとコストが見合わないことが原因と考えられます。

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